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富山地方裁判所 平成8年(ワ)69号 判決 1997年2月28日

原告

谷口善崇

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

小池実

今村元

山本賢治

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

村居秀雄

主文

一  被告は原告らに対し、それぞれ金八三三万三三三三円及びこれに対する平成七年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  主張

一  原告らの主張

1  訴外谷口晴清(以下「晴清」という)は、その所有する別紙車両目録記載の車両(以下「本件車両」という)について、商法に規定する損害保険の保険者である被告との間で、保険期間を平成六年七月一四日から平成七年七月一四日まで、自損事故保険として保険金額を一五〇〇万円、搭乗者傷害保険として保険金額一〇〇〇万円とする、との内容を含む自動車総合保険契約を締結していた。

2  晴清は、平成七年一月二三日、新潟市寺尾西三丁目二番二一号所在の谷口歯科医院で歯の治療を受けるため、本件車両を駐車してある富山県下新川郡宇奈月町所在の宇奈月グランドホテル従業員駐車場(以下「本件駐車場」という)へ向かった。当時、本件駐車場には約六〇センチの積雪があったことから、晴清は駐車場へ向かう途中で、倉崎健人、宮本良二に対し、除雪の手伝いを依頼した上、同日午後一時ころ、本件駐車場に着き、本件車両の運転席に乗り込んだ。

晴清は、倉崎、宮本が来るまでの間、暖機運転をするためにエンジンをかけて様子をみていたところ、本件車両の周辺に積雪があったため、排気ガスが車両内に侵入し、本件車両内の一酸化炭素が数分で致死量に達したため、そころ、急性の一酸化炭素中毒により死亡した。

3  本件事故は、保険約款に定める、自動車の運行に起因する事故である。

4  晴清の相続人は、原告ら三名であり、その相続分は各三分の一である。

5  よって、原告らは被告に対し、自損事故保険及び搭乗者傷害保険に基づいて、各金八三三万三三三三円の保険金及びこれに対する保険金支払請求権発生の日以後である平成七年三月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

本件事故は運行に起因する事故ではない。すなわち、晴清が本件車両のエンジンを始動させた目的は、走行を前提とした暖機のためではなく、除雪を開始するまでの間、一時的に寒さを凌ぐためのものであったと推測されるからである。

第三  主たる争点

晴清が本件車両のエンジンを始動させた目的は、走行を前提にしたものであったのか、それとも単に暖をとるためのものであったのか。

第四  争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実は以下のとおりである。

1  原告らの主張事実1(晴清と被告との間の保険契約締結の事実)及び4(原告らが晴清の相続人である事実)

2  原告らの主張事実2のうち、平成七年一月二三日、本件車両が本件駐車場に駐車してあったこと、当時、本件駐車場には約六〇センチの積雪があったこと、晴清が本件駐車場に行き、本件車両に乗り込んでエンジンをかけたこと、車の排気ガスが車内に侵入して、晴清が一酸化炭素中毒により死亡したこと。

二  争いのない事実及び証拠によれば、晴清が発見された状況については、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、富山県下新川郡宇奈月町所在の宇奈月グランドホテル従業員駐車場内である。本件駐車場は屋外駐車場であり、事故当時、駐車場内には約六〇センチの積雪があった。そして、本件車両は公道から少なくとも七メートル内に入った場所に駐車されていた(公道からの距離については約一五メートルとする証拠もある)(甲一、原告谷口善嵩の供述により真正に成立したものと認められる甲四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙四)。

2  晴清は、平成七年一月二三日午後一一時三五分ころ、本件車両内で死亡しているのを発見された。晴清は、発見時、運転席に座り、左手をハンドルにかけ、右手を下腹部に置き、頭部は運転席側センターピラーに寄りかかるような姿勢であった。本件車両は、約二〇センチから三〇センチの雪に埋もれており、運転席側だけが除雪された状態で、運転席側ドアは、ロックされてはいないものの閉められていた。その他のドアは除雪のため開かない状態であった。エンジンキーは差し込まれた状態で、エンジンがかかる位置にあったが、エンジンは停止していた。助手席には新聞紙が広げて置いてあり、その上には白手袋一双が置かれていたが、その他に積載物はなかった(甲一、酒井証人)。

なお、本件車両のタイヤは四輪ともノーマルタイヤであった(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一九)。

3  晴清の死因は排気ガスによる一酸化炭素中毒であり、死亡時刻は平成七年一月二三日午前一一時ころから午後三時ころまでの間と推定される(甲八、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一〇の1)。

三  争いのない事実及び証拠によれば、晴清が発見されるまでの経緯については、以下の事実が認められる。

1  晴清は、平成六年四月までは宇奈月グランドホテルに勤務していたが、本件事故当時は無職であった。同人は旅館組合管理マンションで内妻藤田昌子と同居しており、本件車両を本件駐車場に駐車していた(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二の2)。

2  晴清は、歯の治療のため、平成六年一二月二七日から新潟市寺尾西所在の谷口歯科医院に通院するようになり、平成七年一月一九日にはインプラント手術及びフラップ手術を行い、抜糸を一週間後に行う予定であった。同月二三日、ホテルのルーム係を担当している内妻が午前一〇時三〇分ころ帰宅したところ、起床した晴清が、手術したところが痛いと訴えたため、内妻は歯科医で診てもらうよう勧めた。晴清は車を出しに行くと言ったが、内妻は晴清の車が雪に埋まっていると聞いていたことからその旨を伝えると、晴清は、困った顔をして「じゃ、除雪しなければいけないな」と言って外出した(甲二の2、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二の4、甲一一)。

3  同日午前一一時ころ、晴清は、旅館組合管理マンション二階でかつての同僚の倉崎健人と顔を合わせたことから、同人に対し、「駐車場から車を出すから、会社でスコップを借りてきてくれ。雪がひどいので一人では大変だから手伝ってくれよ」と言ったところ、倉崎は冗談のつもりで「じゃあ、夜一杯おごってくれよ」と答えた。しかし、倉崎は除雪作業がきつく思われたことから、結局、同マンション三階の自分の部屋に戻り、手伝いをしなかった。また、晴清は同じ依頼を宮本良二にもした(甲二の2、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二の3)。

4  同日午後一〇時ころ、仕事を終えて帰宅した内妻が、晴清が帰宅していないことから心配になり探したところ、午後一一時ころ、倉崎らに会った。そこで事情を話したところ、倉﨑は晴清から除雪の手伝いを依頼されていたことを思い出し、倉崎らが駐車場に行ったところ、本件車両内で死亡していた晴清を発見した(甲二の2、3)。

四  本件では、晴清が本件車両のエンジンを始動したこと、晴清が本件車両から排出された排気ガスが原因で死亡したことについて争いはない。

本件での問題は、本件事故が、自動車保険の自損事故条項及び搭乗者傷害条項中の「運行に起因する事故」に該当するか否かであり、その前提として、晴清がエンジンを始動させた目的が、暖機運転をするためであったのか、単に暖をとるためであったのかが争われている。

仮に、寒さを防ぐために車内を暖かくする目的でエンジンを始動させたのであれば、本件は「運行に起因する」事故には該当しないと言うべきである。なぜなら、ここでいう運行起因性とは、乗用自動車を通常予定されている使用方法によって使用する場合をいうと解されるところ、暖をとるためのエンジン始動は、通常予定されている使用方法とは言えないからである。

これに対して、暖機運転は通常予定されている使用方法にほかならない。

五  これを本件についてみるに、本件当日、晴清が本件駐車場に向かった理由は、新潟市寺尾西にある歯科医院に車で行くためであったと認められ、他の目的があったとは認められない。

もっとも、この点について被告は、本件事故当時、本件駐車場も含めて付近一帯にはかなりの積雪量があったのに、本件車両がノーマルタイヤを着装していたことから、晴清がはたして新潟市まで本件車両を運転するつもりがあったのかという疑問を提示する。既に認定したように、本件車両が本件事故当時ノーマルタイヤを着装していたことは明らかであるが、このことをもって晴清が本件車両を利用する意思がなかったとはいえない。なぜなら、事故当時の宇奈月町付近道路の融雪状況からすれば、ノーマルタイヤでの走行は決して不可能ではなく、また、場合によってはノーマルタイヤをスタッドレスタイヤに交換することも可能であったからである(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一九)。したがって、本件車両がノーマルタイヤであったことは、晴清が新潟市にある歯科医院に行くためであったとの認定の妨げにはならないというべきである。

六 そうすると、晴清が本件駐車場で本件車両のエンジンを始動させたのは、歯科医院まで自車を運転していくための準備行為であるとみるのが自然である。

これに対して被告は、

(1)  事故当時の積雪量からすると、晴清が車を駐車場から出すためには、除雪作業を行わなければならないところ、除雪作業には相当の時間が必要と考えられることから、一旦はエンジンを切ったであろうこと、

(2)晴清が、エンジンを始動させてから死亡するに至るまで一時間以上の時間があったこと、

(3)  本件車両は事故当時ノーマルタイヤを着装していたことから、スタッドレスタイヤへの交換が必要になるところ、そのための時間が相当かかることになることからすると、晴清のエンジン始動を暖機運転とみることはできないと主張する。

たしかに、本件事故当時の積雪量、本件車両が駐車されていた場所から公道までの距離等からすれば、晴清が実際に本件車両を本件駐車場から出すためには、相当時間の除雪作業が必要であったことは十分認められる。しかしながら、それ故に、晴清が、除雪作業の間、一旦始動したエンジンを停止させるとは限らず、また、仮にエンジンを停止させたからといってそれまでのエンジン稼働が暖機運転ではなかったとするのは早計である。同様のことは、ノーマルタイヤからスタッドレスタイヤへの交換作業の場合についても言える。

また、晴清が自動車に乗り込んでから死亡するまでの時間については、証拠上必ずしも明らかではない。むしろ、本件車両の周りの積雪が約六〇センチ、本件車両の上には約二〇ないし三〇センチの積雪があり、本件車両はほぼこれらの雪に覆われた状態であったこと、積雪により閉ざされた本件車両の空間と車体下部の空間の合計は約五平方メートルであること(甲二の5)、一酸化炭素はわずかな濃度であってもこれを吸引することにより致命的となること(甲二の6)からすれば、比較的短時間で死亡するに至った可能性が高い。したがって、車に乗り込んでから死亡まで一時間以上の時間があったとする被告の主張はその前提に問題があり採用することができない。

たしかに、被告が主張するように、晴清は、除雪作業の応援を依頼した倉崎や宮本が来るのを車内で待っていたこと、その間、エンジンを始動し、寒さを防いでいたことも可能性としては否定することはできない。しかしながら、そうした事情があったからといって、晴清のエンジン始動行為が、その後の走行に向けた準備行為としての暖機運転であるという評価まで否定されてしまうことにはならないと言うべきである。

七  そうすると、晴清がエンジンを始動させた目的が、単に暖をとるためだけであったとする被告の主張は採用できない。したがって、本件事故は、運行に起因した事故であると認められる。

第五  まとめ

よって、原告らの請求は理由がある。

(裁判官堀内満)

別紙車両目録<省略>

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